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東京高等裁判所 昭和37年(ラ)432号 決定

抗告人 丸紅飯田株式会社

相手方 江間織布株式会社

主文

原決定を取消す。

本件を静岡地方裁判所浜松支部に差戻す。

理由

抗告の理由は別紙記載のとおりである。

よつて検討するに、工場抵当法第二条による抵当権は、工場に属する土地又は建物と、これに備付けた機械器具等の動産とを、一括した有機的結合体として、その担保価値を把握するところに特色がある。従つて、工場備付の動産類を抵当権者の同意なく擅に工場から引離して第三者に引渡すことは、右抵当権の目的物の有機的一体性を破り、抵当権の機能を害するもので法の禁止するところである(工場抵当法第六条第二項、第四十九条)。もつともこれらの動産類が第三者に引渡されて後も、抵当権者は、抵当権に基く追及権によりその動産の上に抵当権を行うことは妨げられないが(同法第五条第一項)、それは物を一体としてその上に抵当権を行使する場合に比し抵当権者に不利であることはもちろん、又、即時取得の規定により善意の第三者がその動産の所有権を取得しその結果その動産の上の抵当権が消滅する機会も増大することになる(同法第五条第二項)。従つて工場に備付けた機械器具等の動産で抵当権の目的たるものを、抵当権者の同意を得ないで引離し第三者に引渡そうとするときは、右は抵当権を害するものとして、抵当権者は物権的請求権に基きその禁止を求めることができるものといわなければならない。

抵当権は担保として物の交換価値を把握するものであつて、物の所有者がその物を処分することを妨げることができないことはもちろん、一般的には物の占有を他に移転することを妨げることもできないけれども、工場抵当法の適用ある物件については、物の一体性保持の見地から、備付動産を工場の土地建物より引離して、別に第三者に引渡すことは前記のように特に禁止されているのである。

抵当権者がかような分別引渡の禁止を求める利益は、抵当権の即時の実行が可能である場合にも失われることがない。蓋し右のような抵当物件についても、抵当権の実行は不動産競売の方法によるものであり、その差押は物を占有してなされるものではないから、たとえ競売開始決定による差押の効力を生じても、所有者が物の占有を第三者に移転することは、単に競売開始決定があつたという理由だけではこれを阻止することができないからである。従つて前記のような動産が建物より分離されて第三者に引渡される虞があるときは、抵当権者はたとえ競売手続の開始後であつても、これが禁止を求める必要と利益があるというべきである。

よつて原裁判所が、本件抵当権は何時でも実行することが可能の状態に在るという理由だけで抵当権者たる抗告人には本件機械器具等につき占有移転禁止の仮処分を求める必要がないとしたのは失当であり、本件はなお申立の当否につき審理する必要があるから、民事訴訟法第四百十四条第三百八十九条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判官 小沢文雄 中田秀慧 賀集唱)

別紙

抗告の理由

一、原決定の要旨は、本件根抵当権につき申請人(抗告人)は期限の到来を主張して直ちに取引を停止し、何時でも抵当権実行をなし得る状態に在るから、恰も債務名義を有し強制執行に着手するに何等の法律上の障害が存しない場合、保全の必要性が阻却されると同様、本件においても申請人(抗告人)の求める仮処分はその必要性を欠くというものである。

二、然しながら、債務名義が存在し何時でも強制執行に着手し得る場合に保全の必要性がないというのは、その強制執行の着手により、仮処分による保全の状態よりも一層確定的なる安全な状態に置かれる場合を指すものでなければならない。

即ち仮処分により保全する利益は強制執行により当然にカバーされるものである事を前提とする場合に限るべきものと考える。

三、ところが本件仮処分命令申請の事由は、工場抵当法第三条目録により根抵当権の設定せられた「工場備付の機械器具」が根抵当権設定者相手方の不法行為により工場から他に搬出され売却される恐れがあるからこれが搬出禁止のために該物件につき執行吏保管、占有移転禁止の仮処分を求めるものであつて、右相手方の行為は、たとえ抗告人が抵当権実行のため競売の申立手続に着手し、競売の開始決定がなされたとしても(その決定即ち差押は不動産登記簿に記入されるだけであつて、本件物件自体につきて何等の公示明認の方法が施されないから)、これを禁止するに由ないものと云わなければならない。即ち競売開始決定が為されても、それは動産に対する差押手続ではないから、本件工場備付の機械器具自体については、通常の有体動産に対する差押の手続がとられないため、その占有者である相手方が擅にこれを善意の第三者に売却処分するときは(即時取得の効果が発生して)、抗告人は恢復すべからざる損害を蒙ることゝなる(もとよりその場合相手方は刑事責任を問われるであろうけれども、それは抗告人の損害の補償にはならない)。

況んや抗告人と相手方間の契約は継続的取引における根抵当権設定契約であるから、これが抵当権実行に着手するためには、先づ取引の停止、契約の解約による債権の確定手続をとらなければならず、競売申立手続並に申立後開始決定までにも若干の日時を要する事は明かであるから、その間でさえも急速に本件仮処分による保全の必要があると信ずる。

四、もとより抗告人は自己の権利を保全するために速かに根抵当権解約による債権確定並にその抵当権実行による競売の申立手続を為さんとするものであるが、たとえそのような手続をとつても、競落により工場が競落人に引渡されるまでは本件工場抵当法第三条目録記載物件(これはその実体は動産である)につきては相手方の占有中にあつて、抗告人の如何ともすべからざるものであるから本件仮処分は絶対に必要であると信ずる。

五、原決定は本件仮処分の必要性につき誤つた見解の下に本件申請を却下したものと考えるので速かに原決定を取消され、更に相当の裁判を求める次第である。

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